感情レヴュー

中沢忠之、『文学+』を刊行する「凡庸の会」同人

2009-01-01から1年間の記事一覧

キャラクターについて考えてみる

ソフラマのid:K-AOI、aBreのid:segawa-y、筑波批評のid:sakstyleによる座談会UST「キャラクターについて考える」を聴きました(http://d.hatena.ne.jp/tsukubahihyou/20091204/1259945292)。とても楽しかったです。キャラクターについて考えるきっかけをい…

レヴィ=ストロースの残したもの

今日は先日亡くなったレヴィ=ストロースから話をはじめる。彼のキャリアは人類学のフィールドを専門にしながら構造主義を先導したとして知られている。周知の通り構造主義は、社会を自律した構造(シニフィアンの束)としてとらえ、それを吊り支える審級をゼ…

モダニズムの夢再び

僕が、短歌や物語の自動生成機械という発想に興味が湧かないのは、「第二芸術論」の二番煎じとか人間不要の夢など馬鹿げているとかそういうことではない。それがモダニズムのはかない夢だとしか思えないから。 モダニズムというのは、ジャンルの形式的なルー…

彼女が髪を切った理由――川上未映子『ヘヴン』

「だから、ぜんぶをぴしっと切っちゃうんじゃなくて、一部だけちょっと、ほんの少しだけ切るのが大事なんだって。君ちゃんと見た? 学校のだってぜんぶさきっちょしか切ってなかったでしょ? あれぜんぶ完璧におなじ長さなんだよ。大きくじゃきじゃき派手に…

続モダニズム以降の表現の可能性――竹内好と坂口安吾

1 最近、竹内好論を書く必要があって再読している。読めば読むほど、安吾とロジックが似ていると改めて思うところがある。それについては以前、学位論文(『安吾戦争後史論 モダニズム以降の表現の可能性』2007年)でも書いたことがあるのだけれど、文学史上…

文学とは何か

Twitterでのつぶやきをまとめたもの。 PART1 純文学=高尚・芸術的、エンターテインメント系文学=エンターテインメント・市場原理という対立はしばしば議論されてきた(文学の大衆化が登場した大正以降)→水掛け論に終始。 + そのような文学観は誤り。⇒ジ…

残暑見舞いと『サマーウォーズ』――細田守論

待ちに待った『サマーウォーズ』(http://www.youtube.com/watch?v=2Wi2lb1sVk8&feature=channel)。今年は再び細田守の青空が見れる。久しぶりの青空だ。細田が背景に置く、奥行きのないフラットな青空は、キャラクターのいかなる心理(の起伏)をも受け入…

50年代祭り(1)――橋川・シュミット・ベンヤミン

今回は、橋川文三の日本ロマン派論を軸に、1950年代を素描し、ロマン主義と決断主義の関係を論じて、現代の論壇事情についても言及しました。 1 橋川文三は、1957年に日本ロマン派について考察をはじめ、その成果を雑誌に連載していった。それを60年に単行…

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』の破れっぷりは見事で、とても楽しく観ることができました。少し感想を書きます。 新劇場版第一弾のヱヴァ:序はテレビ版を極力トレースするウォーミングアップだったと思いますが、今回のヱヴァ:破は、「関わりを持つ」と…

『BOSS』VS『MR.BRAIN』

この春は刑事・探偵もののドラマに収穫があったので報告。まずは『MR.BRAIN』(TBS、http://www.tbs.co.jp/mr-brain/)。今週で最終回とは残念すぎる。 最初は、キムタク版「古畑」!?と疑ったり(犯人役が有名人ゆえの倒叙トリックの活用という図式は「古…

様々なる意匠を超えて

(1)『1Q84』 村上春樹の『1Q84』読了。感想を一言で言うなら、変わっていないという印象が強い。村上春樹の特徴をここで整理しておくと(前回のエントリー参照)、第一に、ひたすら状況に巻き込まれるキャラクターの相がある。つまりキャラクター…

文学におけるナレーションの効用――鹿島田真希と村上春樹

[rakuten:book:13177064:detail] 鹿島田真希論、書き終わりました。どこかの雑誌に載る予定なので、発売が近付いたときに改めて紹介します。 セールスポイントは、前回のエントリにも書いた通り、鹿島田作品をメタフィクション批判の観点から分析していると…

メタフィクションを「降りる」方法

文学フリマに行きました。「Children」を売り捌いていた条さん、ジャムさんお疲れ様でした。初対面なので、ドキドキしててうまく喋れなかったよ。ところで、kugyo氏がその文学フリマで手に入れた同人誌55タイトル全レヴューを「24」(ジャック・バウアー)の…

文学フリマに参加する同人誌『Children Vol.05』に「アプレゲールのリアリズム」を寄稿しました。

『Children Vol.05』に論文を寄稿しました(詳しくはhttp://d.hatena.ne.jp/natume_yo/20090430、http://d.hatena.ne.jp/inhero/20090510)。タイトルは「アプレゲールのリアリズム」。1945年から50年代の戦後美術史についてのものです。博士論文の一部を「…

諏訪哲史『ロンバルディア遠景』

諏訪哲史氏の『ロンバルディア遠景』(「群像」2009年5月号)は見事に期待を裏切らないものでした。一ファンとしては、エンディングで「明後日」(もちろんアサッテ!)が記されたときにはぞくぞくっとしたものです。「明後日だ。僕はふたたび旅に出る」。 …

131年の歴史

mixiで読んだ記事(「ゲンダイネット」配信)についての感想から。 “連ドラ”“CM”タイアップ出演のありがた迷惑 ドラマ界で侃々諤々の議論が起きている。ドラマの途中で、そのドラマに出演しているタレントが起用されているCMがオンエアされるケースが増…

集合知と作家性

システム論とかアーキテクチャとか環境設計とかが批評の話題になって久しい。このブログでも何度か好意的に紹介してきたところである。そういった発想は、いうまでもなく主体性に根拠を置くのをこころよしとせず、実存とか主体性を前提にした超越論的な契機…

極北の一ケース

これほどまでに安っぽい背景の中で、これほどまでにいい加減な人物設定で制作された、この種のジャンルを我々はいまだかつて見たことがないはずだ。それにしても何故また我々は、性懲りもなく見てしまうのか。『キイナ 不可能犯罪捜査官』(http://www.ntv.c…

水村美苗の『日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で』

日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で作者: 水村美苗出版社/メーカー: 筑摩書房発売日: 2008/11/05メディア: 単行本購入: 169人 クリック: 12,657回この商品を含むブログ (459件) を見る水村美苗の『日本語が亡びるとき』ようやく読んだ。発売以来ネット上で…