感情レヴュー

中沢忠之、『文学+』を刊行する「凡庸の会」同人

2008-06-01から1ヶ月間の記事一覧

古川日出男「狗塚カナリアによる「三きょうだいの歴史」」のための小文――話すように書くこと・書くように話すこと・歌うように話すこと

近代文学のはじまりは、まず、話すように書くことが目指された(言文一致運動、明治20−30年代)。そして、それはまもなく成就する(明治40年前後)。以降、誰もが話すように書くことを謳歌したが(大正期)、やがてそれに対する反抗が芽生え、書くように話す…

前回の補遺――いまキャラがもてはやされているのはなぜか?

「ユリイカ」(2008年6月)の特集「マンガ批評の新展開」を読みながら、緻密な表現論がいくつかあって激しく羨ましくなるのと同時に、いまは「キャラとコミュニケーション消費」があると批評になる時代なんだなと改めて確認したしだい。 およそ10年前なら、…

批評のコミュニケーション(2)、あるいはモダニズム以降の表現の可能性(2)

思えば、物語や意味になかなか結実しない言葉の列、即物的な文章を肯定的に評価する傾向が見られだしたのは、90年代の後半、J文学がにぎわったころである。たとえば、ベケット(というかジジェク)経由で中原昌也を擁護する絓秀実のジャンク文学(『「帝国」…