感情レヴュー

中沢忠之、『文学+』を刊行する「凡庸の会」同人

乗代雄介「最高の任務」

1、私は「最高の任務」1オシ。
最近こんなに描写で引かれた作品はない。要所に和歌があったり、過去の日記や著書からそのつど情や景を立ち上げていく。それは歌物語を思い起こさせるが、電車に乗りながらの道行・紀行文でもある。
そこに書かれるのは、一見よくある風景描写のようでいて、写実的な風景ではなく、もちろん認識を混濁させる解釈でもない、リズミカルかつリリカルに描出される情景。
私が何かを見る(見て写しとる)のではない。かつて見られた事物に私の言葉を合わせることの快楽。近代文学のリアリズム以前の描写ってこんな感じだったんじゃないかと思わせる。
聖地巡礼」といった切り口から説明する人もいるだろう。いずれにせよ、さっこん機能失調したと言われて久しい「描写」を積極的な主題にした意欲作といってよいと思う。

ただ、一方で、精緻で端整な叙述に反して(比例して)ナイーブと受け取られかねない物語がどう評価されるか。これは「美しい顔」にも通じるポイント。とはいえいまの私はこのナイーブさを安易に批判したくない。

2、次点は「デッドライン」。私小説。技術は高く運筆は達者だが、断片的な挿話、移人称風の視点移動など、形式面でやや食傷気味の部分(悪く言えば保坂的なものの反復)があり退屈に感じたところがあった。
女性の友子への視点移動は、主客混合などの主題に通じるものだというのは分かるが、手垢にまみれた手法なので、ない方がよかったのでは。

3、期待していた「幼な子の聖戦」は、主題の図式性が目立ち、勧懲が過ぎてリベラルの悪い部分が凝縮されているように感じた(例えば保守を土建屋政治みたいなものに集約させてよいのか)。
ノンポリ的なテロリストという主人公の設定は、これまで大江健三郎三島由紀夫阿部和重文学史を刻んできた系譜があり、そこに今回は(若者ではなく)40代の男という新規なフェーズを導入したものの、これでよいのかという読後感があった。