感情レヴュー

中沢忠之、『文学+』を刊行する「凡庸の会」同人

トロメラ!――あとがきだかまえがき

 おはようケーちゃん、昨日はシンちゃんがお世話になったね。お互いけっこう飲んだよ。サキちゃんも来てるが。うん、車あったからわかった。おはようケーちゃん。おはよう。ほらケータおにいちゃんだよー、色男が来たよー。なんかこっちじーっと見てる。少し警戒してるみたい。まだ馴れてくれないのかな。最近いろいろあったから。風邪はもうだいぶんいいの? うん、あのあとカナの方がちょっと調子悪い感じなんだけど、もうだいじょうぶ。どこにいるの? 向こうの部屋で寝てる。けっこう悪いんだ。ただの遊び疲れよ。おねえちゃんになってから、あいかわらずミクかまってばっかり。ねえ、おねえちゃんとたくさん遊んだねえ。イクは保育園? そう、いま送ってきたところ、ミクちゃんもいっしょに行ったもんねえ。エッちゃん、お水もらっていい? いまお茶いれてるとこー、ついでになにかさっぱりしたものでも食べるが、どうせまだお酒抜けてないんでしょうに。シンちゃんどうだったあ? あのひとはだいじょうぶよ、ケーちゃんよりまだまだ若いんだから。せっかく誘ってくれたのに、タカさん仕事で来れなくなったってちゃんと連絡入った? メールもらったよ、ここのところ忙しいみたいね。ちびっこ三匹のお父さんだもん。サキちゃんもたいへんだよな。まあそれなりに(笑)。なに、子供がどうしたって? べつになにも。昨日はタダユキくんの残念会だったんでしょう? そう、大口家デビューもかねて。無理やりじゃなかったの? そんなに友だちいないみたいだし、無理してもらったのはシンちゃんとタカさんの方だから。それにしても、タダユキくん残念だったねえ。残念というか当然なんだけどな。だって、応募したからには本気だったんでしょう? 最初は遊びで送ったって言ってたけどね、けっきょく「新潮」からなんの連絡もないし、ようやく落ちたって納得したみたいだけど、けっこうショックだったみたい。ケーちゃんの一人決めじゃないの。そんなことないって。賞金で親孝行したかっただけかもしれないじゃない。どうかなあ、昨日もお酒を飲みはじめたら愚痴がとまらなかったもの。お宮さんの祟りで原稿がちゃんと郵送されなかったんだとか、秋田の幼児虐待、連続殺害事件を予言しちゃったから、なにものかの手で揉み消されたんだとか、シンちゃんに聞いてみなよ。どうせひとに受け容れられるものなんて書けやしないんだってさ。また変にならなければいいけどね、あれで河森さんだってたいへんなんだし。ケーちゃんのいとしい息子だぞ(笑)、どうすんの。どうもこうもないよ。そりゃそうね、むしろ養われてるの、ケーちゃんの方だもの(笑)、ねー、ミクちゃん、このおにいちゃんまだ子供なんだよー。サキちゃん、笑いすぎ。だって、さっきからケーちゃんの頭の上になにか止まってる。どれ? そこねそのあたり、もう少しみぎ。なにもいないじゃん。そっちに逃げたのかな。えっ、なにそれヤらしいちょっと取ってよ。なにもいないって。そっちじゃないの? えーうそー。うそようそ、そんなに驚きなさんな、ナオじゃないんだから。出たな、ナオちゃんの虫ぎらい。よるなふれるなまとわりつくなっつーの、来たらぶっ飛ばす! とか言ってたわりには、昔からあの子がいちばん虫にたかられてたけどね。服とか頭とかによくそこらへんの虫、ひっつけてたもんな。リボンみたいだしバッジみたいなの。遠巻きに教えてあげたら、泣きながら逃げていったナオちゃん。こっちに体当たりしてきたこともある。カブトムシもとまってなかったっけ? クワガタと決闘してた。ほんとにい? メスと交尾してたりとか。そういえば、お気に入りのシャツにびっしり卵を産みつけられていたこともある。台無しになったって一日ぢゅう泣いていたナオちゃん。強がり言うわりにはどこか弱いのよあの子は。そんなことないがあ、っていう顔してるよ、ミクちゃんが。いま着てる服、ナオねえちゃんからのプレゼントだもんねえ、よかったねえ、気持ちいいねえ。盗聴器でも埋め込んでるんじゃないの。えー、でも、この前ナオねえからの電話で、この子が熱出したこととか、みんなで手巻き寿司大会したときのこととか全部知ってて、驚いたら、ケーちゃんから聞いてたって言ってたよ。ナオと密約でも結んでるんじゃないのけえ。っていうか、オレが幽霊とか騒いでるっていう話、ナオにしただろ。自分からしたんじゃないのー、この酔っ払い。したかな? してるって。酔ってると最近なにしでかすか分からないケーちゃん。タダユキくんのブログにも、酔っ払いのケーちゃんのこと書いてあった。あれはけっこうよく書けていた。私たちのこともそこそこ書けてるよね。確かにエッちゃんのところなんかは内心びびりながら書いてるらしいよ。だったら、もっと可愛らしく書きなさいと言っておくこと。語尾のがあ、があも使いすぎに要注意。それから、私たちの町を幽霊町だなんて言わないこと。以上。だったら、一次選考とやらぐらい通過できるわよ。ほらケーちゃん、お茶こぼしてるこぼしてる。うん、僕に言わしてみれば、彼のはまだまだ読者の方を向いていないんだ、現実を直視していないっていうか、こざかしい技術にばかりこだわっていて、自己満足で終わってるような作品だと、まあ直接そう言ったわけじゃないけれど、やんわりそんなことを言ってみたら、だったら僕の書いているものを見せてくれと言われた。ケータさんも小説書いているとか。誰から聞いたんだ? それも自己申告したんじゃないのけえ? そうかなあ、最近口元が緩くなってきたのかもなあ。少しはお酒を慎んだら? ケーちゃんは昔からよ。まあね、久しぶりにここに越してきたときも、なにも変わってなかったし。少しは大人になりなさいな。それ電話のたびに、ナオが言う台詞な。タダユキくんの小説もそのあたりがテーマなんでしょう? 大人になれない僕の父親っていう(笑)。ちがうよ。ちがうの。と思う、っていうか、あれにテーマらしきものはない。ないの。ない。じゃあなんで書く必要があったの。そりゃあ、まあなんというか、テーマがなくても書くべきことはある。なにそれ。まあなんというかさ。だからだめだったんじゃない? 私たち読者は、書いた人がなにを伝えようとしているのか、そのなにが書かれているかを読みたいもの。ねー、ミクちゃんもそうだよねえ。ほらうなずいた。それはまあその通りだよ。しょせん素人目だけど、タダユキくんの文章は、一文一文が長くてなにを言いたいのかよくわからない。映画の話とかいろいろひけらかしていて、そのさも俺は頭がいいんだよっていう書き方が、素直に話に入り込ませてくれない。それに話が断片的すぎるから、キャラクターの魅力も半減している。モデルはこんなに魅力的なのにね。けっきょくのところ、一見手のこんだ語りの流れや視点の移動が、読者をいかに感情移入させるか、という基本的な手続きに貢献できていない。等々。ということなんだけど、少し言い過ぎたのかもね。エッちゃんにしてみたら、ケーちゃんが酔えば話す文学談義をそのままぶつけてみただけなんだろうけど、ケーちゃん微妙に顔こわばってたもの。べつにいいのよ、それくらいがつんと言っときなさい。ひとの文章にケチばかりつけておきながら、自分ではなにも書けやしないんだから。でもケーちゃんの書いたもの、読んでみたいな。どんなの書くんだろう? そんなの書く気い、もとからないのよ。小学校のころはマンガ家になるって言ってたけど、絵を描いてるケーちゃんなんて見たことないもの。いい加減な夢ばかり見てるのよ、あのひとは。ビューティフルドリーマーだがね(笑)。それを言うならナイトメア(笑)。ひとのこと笑っちゃ駄目だよ。それにしてもあいかわらず騒がしいねえ。さっきから子供たちがナオねえちゃんと話がしたいって。よっしゃ、誰から来るが。ケーちゃんも電話代わってくれって。酔っ払いは却下します。却下しますだって。きゃっかしますだってー。まだ焼酎に入ったとこなんだけど。しょーちゅー、はいりまーす。あかいちーのケーちゃん、しょーちゅーはいりまーす。なに、もうワインもあけてるのけえ。ケーちゃんのくちまっか。くちまっかー。襲われないように気をつけなさいよ。ナオねえちゃんも、おとこのひとにだまされなさんなよ。なんね、あんたらに言われなくても、お姉ちゃんには素敵な人がいるの。どっかのおにいちゃんとはちがうのよ。このまえ、ぐちいってたじゃん。のろけよ、のろけ。なんだよそれー。だめだが、そんな言葉使っちゃあ。つかっちゃだめだってー。べつにいいじゃん。なに言うてるが。まあだいじょうぶだから。なにがね、チビたちどうしたん? テレビ見てるよ、俺らの言葉遣いよりよっぽど低俗なのな。あっそー、子供のことなん、なにもわかってないでしょう? 自分だっていないくせしてよく言うよ。サキのチビもエッちゃんのチビも私の子供だもん。都合いいなー、責任もとれないのに。そんなのいいの。子供要らないとか言ってたくせに。そういう問題じゃないの。どういう問題だよ。しらない(笑)。なにそれ。チビちゃんたち可愛いでしょう? 今日も、イチコんとこのも誘って川遊びしたって。羨ましいなあ、遊んでもらったの。おにいちゃんにあそんでもらったー。そうねよかったねえ、おにいちゃん、ちゃんと目え見て話してくれるようになったあ? なにそれー。ちゃんと目え見て挨拶するのよ。してるよー。してるの、すごいねえ、おにいちゃんにも教えてあげるが。もうねてるよー。チッ。