感情レヴュー

中沢忠之、『文学+』を刊行する「凡庸の会」同人

2020年上半期芥川賞雑感(2)

小説の話者には4つのタイプがあります。理性的な話者、狂った話者、狂ったふりをしている話者、理性的なふりをしている話者の4つです。もちろんこれは認知的な判断なので、理性的か、気が狂っているかを評価するのは読者―この私―であるわけですが。

さて、今回の芥川賞ノミネート作品は、団塊ジュニアゆとり世代の世代対決であるという話を前回しました。その上でゆとり世代の2氏を推したいとしましたが、その理由は、団塊ジュニアの話者がそろって理性的であるのに対して、ゆとり世代の話者が理性の放棄、もしくは欠陥のある理性の持ち主だからにほかなりません。

理性的だからNGなのではなく、今は理性批判を読みたい気分ということです。最近のSNSを見ると、誰が見ても狂っている腐敗政権の有様が報じられ、罵倒語やヘイト発言にまみれています。彼らの問題点は多々ありますが、歴史の参照と歴史の記録に対する軽視が根本にある。一方、彼らに対する理性的な批判も見られますが、その正義にも狂気を感じる(むろん私もそこから無縁ではありません)。たとえばPCの偏向性・暴力性はここ数年つとに指摘されているところです。まあ芥川賞の規定である「中短篇」となると「いかに変な話者に仕上げるか」勝負になりがちで、それもどうかと思うのですが。

私は、理性的な話者による発話を「文化研究的な文体」と呼んでいますが、とりわけ石原燃氏「赤い砂を蹴る」(『文學界』2020・6)は、複数の記憶の重ね合わせといい、時の戦争から3・11までの歴史を背景に、旧弊な家族観の中で虐げられた女性たちが各々自立した個として目覚めるという物語の本線といい、文化研究と相性がよいだろうと感じました。安定感は5作品の中で最も高く、文化研究的な教養の薫陶を受けた私(1972年生)くらいから上の世代ではとくに共感する読者は多いだろうと思います。

高山羽根子氏の「首里の馬」(『新潮』2020・3)も歴史を素材とし、政治的な主題―沖縄の歴史、70年代コミューン体験―を扱った作品です。ただし、誤解を恐れずに言えば、高山氏は政治的な主題に興味があるわけではありません。大文字の政治とは無関係に―ときに翻弄されながらも―生きる人々に焦点を当て続ける。最近の作品が政治的主題を積極的に採用しているように見えるのはむしろそれを批判するためでしょう。

高山氏を世間に知らしめるには「如何様」(『小説トリッパー』2019・夏)が最高のタイミングでした。それにもかかわらず、ノミネートすらされていないのは、同じ掲載誌『小説トリッパー』に「むらさきのスカートの女」(前々回受賞作)があるのでそこからは控え、高山氏は『すばる』の「カム・ギャザー・ラウンド・ピープル」がチョイスされたという文壇政治の力学によるものでしょうけれど、まあ文芸誌体制とはそういうものなので、そこに依存している限り仕方がないとは言えます。

岡本学氏「アウア・エイジ」(『群像』2020・2)は、団塊ジュニア組の中でも惹かれた作品です。今回の芥川賞ノミネート作品を読むと、作家のジェンダーが反映されている作品が多いという特徴があげられると思いますが、本作はアラフィフ中年男の再生物語です。

物語内容は2部構成で、前半は、20年前映写技師のバイトをしていた大学院時代、後半がそのバイト時代に知り合った女性の謎を追う大学教員時代。バイトをしていた映画館が2本立てを流していたという設定で、物語の最後に「ひどく長い二本立ての映画を見終わったような気分になった」と主人公に独白させるあたり、構成上の美学を感じました。

ただしその美学は一般的な共感性の低い、アラフィフ中年男の美学で、著者がそれを隠さないところがよいんです。私小説的な文体のいい加減さとエンタメ的な物語の構成のB級感(まさに凡庸なほどに「映画的」な)がマッチした良作と思いました。

まあPCとか意識しだすと、理性をフル稼働して視野を広く持とうとしてしまいがちですね。それは広範な歴史に目配せした石原作や高山作に感じなくもないところでした。視野を狭めてみる勇気というのは大事じゃないかと思います。岡本学作品は、1周まわって諦念なり開き直った―「ああそうか そういうことか」―ところの視野の絞り込みが、ゆとり世代の話者に接近している感がなくもなかったです。

ただし、岡本作はその狭窄さゆえに、ジェンダーの主題フレームを入れると、旧弊な家族観の中で虐げられた女性たちをネタにしてアラフィフ男が再生を図るという物語にも読めてしまい、石原作のネガに当たるという解釈も可能です。恐らくどのジェンダーにも敵を作らない石原作よりも、不快に感じる女性もいるだろう岡本作をよしと感じた私の政治性を知るためにも、他の方の感想を読みたいと思っています。

「如何様」が◎とすると、「アキちゃん」△+ 「赤い砂を蹴る」△ 「首里の馬」△+ 「アウア・エイジ」〇 「破局」〇+ としました。どれも大変面白かったです。